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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第五章 イルダ編「白き花の名の下に」


「GOD EATER 3」キャラクターノベル イルダ編「白き花の名の下に」 ~第五章-3話~
 私たちが最初に訪れたのは、フェンリル本部から離れた山間のサテライト拠点だった。
  輸送機から降り立った私とヴェルナーの前に、この拠点の防衛を任されているらしきゴッドイーターが進み出てくる。
「研究の一環でこの拠点に滞在すると連絡があったのは貴方たちですね。ようこそ、歓迎いたします」
 やや威圧感のある見た目とは裏腹に、柔和で礼儀正しい挨拶をしてくれた。
「初めまして、しばらくの間お世話になります。私はイルダ・エンリケス。そしてこちらは――」
 ヴェルナーを紹介しようと振り返る。
 すると何故かヴェルナーは驚いたような顔で目の前の男を見つめていた。
「……リカルド・スフォルツァ、か?」
 ヴェルナーの呟きに、リカルドと呼ばれた男は困ったように後頭部に手を当てると、ため息をついた。
「やれやれ、俺のことなんか覚えてるわけないと踏んでたんだが……こんな所でまた会うことになるとは思わなかったよ。ヴェルナー・ガドリン」
 二人の間に満ちる奇妙な沈黙に、私はしばらく戸惑った。
「……え? 二人とも知り合いなの?」
「うむ……彼は元々、グレイプニル所属のゴッドイーターだった。優秀な人物だ。しかし彼は……」
 改めて、リカルド・スフォルツァという人物を観察する。
 ヴェルナーが即座に優秀と口にするほどの人物だ。この人も、きっと最前線で神機を振るっていたに違いない。
 しかし――グレイプニルの精鋭たち特有のみなぎるような覇気が、目の前の人物からはまるで感じられなかった。
「レディの前でつまらない話はやめようぜ。さ、お二人ともこちらへ。拠点を案内しましょう」
 固まった空気をほぐすように、リカルドはにこやかにそう言って踵を返した。
 無言のまま私の肩に手を置いたヴェルナーの視線に、詮索するべきでない何かがあったのだと察する。
「さぁ、みんな! 今日からこの拠点に仲間が増えるぞ! フェンリル 本部からお越しの、イルダさんとヴェルナーさんだ。仲良くしてやってくれ!」
 リカルドが高々と声を響かせる。
 しかし拠点の人々は訝しそうにこちらを伺うと、隠れるように家の中へ入っていってしまった。
「……あまり気を悪くしないでくださいね。まだ少し、お二人への警戒があるみたいで」
「何か事情があるのか?」
 静けさに包まれる拠点を見渡して、ヴェルナーが尋ねる。
「嫌味ってわけじゃないですが……この拠点は、長らくフェンリル本部からの支援を受けられずにいるんです。あっちこっち手を回して、少ない物資を何とかやりくりしてるのが現状でしてね」
 ため息交じりのその言葉に、私もヴェルナーも口をつぐむ。
 なら、まだ学生とはいえフェンリル本部に所属している私とヴェルナーを好意的に迎え入れることは、ここの住人たちにとっては難しいことなのかもしれない。
 今さら一体何をしに来たのか――そんな不信感や不安が渦巻いているのだろう。
「だから最初にお願いします。さぞや崇高な目的のためにいらっしゃったのだろうと存じますが……どうか余計な干渉はしないでやってくれませんか?」
 ややトゲを感じさせる口調だった。
 私たちがこの拠点の平穏を乱さないよう、釘を刺しにきていることが分かる。
「贅沢なんか言いません。共に過ごす家族と一緒に、静かに、穏やかに暮らせればそれでいい……大げさな言い方になるかもしれませんが、それも一つの幸福の形だと俺は思っています。ここの連中のささやかな願いを、汲んでやってはもらえませんか?」
 丁寧だが力強い言葉と、ブレることのない真剣な眼差し。
 リカルドの纏う雰囲気から、ここに暮らす人々を守ろうとする強い意志が垣間見えた。
「……君の意見を否定はしない、リカルド。だが信じてほしい。我々はこの地の平穏を乱しにきたわけではないのだ」
 私たちの返答によっては何らかの行動を起こすようにも見えたリカルドを前に、ヴェルナーは堂々と告げる。
 ――ふと、拠点の隅に積まれているコンテナの陰から、子供たちが様子を伺うように顔を覗かせているのが見えた。
 ……この拠点のことは理解出来た。
 けれど私たちは、ここに暮らす一人一人の心とまだちゃんと向き合っていない。
 心を通わせるための言葉を、投げかけていない。
 私は微笑みながらしゃがみ込んで、子供たちに手を伸ばした。
「こんにちは、皆さん。私たちのお友達になってくれる?」
 呼びかけに、恐る恐るといった様子で近づいて来てくれた子供たちの目には、僅かながら好奇心の光が見て取れる。
 広く人を受け入れ、柔軟に包み込み、絆の輪を広げていく大切な光だ。
「これからみんなと、夢についてお話をしたいと思うの。みんなは叶えたい夢がある?」
 互いに目配せし合う子供たち。その中から、ぽつりと。
「……お腹いっぱいお菓子食べたい」
 やんちゃそうな男の子が、小さい笑みを浮かべながらそう言った。
「まあ、素敵な夢! 分かったわ。その夢、どうすれば叶えられるか一緒に考えてみましょう?」
 驚いたような顔をする子供たちと、リカルド。
 沢山の眼差しに囲まれながら、私はリカルドに向き直る。
「リカルドさん、事情は分かりました。ですが貴方たちには……いえ、貴方たちだからこそ聞いてほしいんです。私たちが思い描く、未来に繋がる夢を」
 ヴェルナーと頷き合い、改めて拠点を見渡す。
 まずは向き合って話をしよう。
 私たちの夢は、残酷な現実に曇ってしまった瞳に、光を宿してもらうためのものなのだから。


 それからの日々は、拠点の住人たちとの地道な交流が続いた。
「地下に拠点を建造する?」
「ああ、技術的には既に実現可能なところまで来ているんだ。重要なのは、そこに暮らす人々が幸福を実感できるような場所に出来るか否かだ」
 私とヴェルナーの進めている次世代の拠点について。まずはリカルドと、拠点の子供たちに話を聞いてもらった。
 アラガミの襲撃を全く受けない、誰もが安全に己の幸せを求められる場所。
 理想郷と呼べるような地を、この手で築きたいのだと。
「はっはっは! 理想郷ねぇ……いいんじゃないですか? 夢物語は嫌いじゃない。応援しますよ」
 そう言ってリカルドは笑ったけれど、私やヴェルナーが本気で夢を追いかけているということは、信じてくれたようだった。
「夢物語で構わない。我らはその夢物語を現実にするためにここにいるんだ。さぁ、みんなで夢を膨らませよう! どんどんアイデアを出してくれ!」
 ヴェルナーと共に、子供たちと遠慮なく意見を出し合える学校のような集会を開いて。そこから一人ずつ拠点に暮らす人たちと対話の機会を増やしていった。
 最初はどうすれば周りを笑わせたり、驚かせたりする面白い意見を出せるか、子供たちが考えて。
 その過程で直面する問題を解決するためにはどうすれば良いか一緒に悩んで。
 それを見ていた大人たちが、さりげなく助言をしてくれる。
 夢を膨らませる私たちの集会は、いつしか大人も子供も関係なく、それぞれが胸の内に秘めていた未来図を語り合う場となっていった。
「屋内に大規模な水耕栽培場を作るってアイデアは実現できるかも……農業工学的な見地からも意見を聞きたいわね」
「そうなるとやはり極東支部の資料が頼りだな。元々アナグラと呼ばれている、かの地から着想を得た研究だ。早めにコンタクトを取ってみよう」
「地下から地上の様子を探る手段については、父の研究している感応レーダーの技術を応用出来ないか話してみようと思う。地上部分の構造も――」
「あー……ちょっとちょっと、お二人さん? 仲睦まじいのは結構ですが、置いてきぼりにしないでほしいんですけどねー」
 手を挙げたリカルドの声に、はっとして顔を上げると、拠点の住人たちがからかうように私たちを見て笑っていた。
「ご、ごめんなさい……」
 ヴェルナーと並んで、照れ隠しの苦笑を浮かべる。
 私たちを見つめる拠点の住人たちの表情は、いつの間にか、ここに来た頃とは比較にならないほど朗らかなものになっていた。
 ――そして、あっという間に滞在期間は過ぎて。
「……正直、楽しかったですよ。貴女たちが来てからの毎日は」
 出立を翌日に控えた夜。私はリカルドと並んで夕飯を作っていた。
 ヴェルナーは食卓の準備を手伝いながらも、すっかり懐いた子供たちにまとわりつかれて困ったように笑っている。
「けど、そもそもの話……どうしてそこまで人の暮らしを良くしようと思うんです?」
 その問いかけに、私はジャガイモの芽を取るのに苦戦しつつ、自分の過去を振り返る。
「私の父もフェンリルの研究者なんです。オラクル通信技術の第一人者で、私が幼い頃から、ずっと研究に打ち込んでいました」
 父は決して家族に冷たい人物ではなかった。
 けれど、どんな時でも研究が最優先。呼びかけても振り向いてくれない背中を見つめながら育った私の心は、寂しさを感じていたのだろう。
 ――何者でもない誰かの声に、耳を傾けられるようになりたい。
 いつしか私はそんな信念を胸に、自らも研究者の道を進んでいた。
 胸に宿した信念は、自ずと力の無い人々を支えるための研究へと私を導き、同じように、偉大な父の背中を見て育ったヴェルナーと出会った。
 それぞれの見据える理想を語り合い、心の中の欠けた部分を補いあって、私たちは同じ夢を抱いてここにいる。
「私たちの出発点は、とてもシンプルだったんです。ただ……子供たちが家族と一緒に、幸せに笑える場所を造りたい」
 人類を守るため――どうあがいても太刀打ち出来ないそんな言葉で、目を逸らされてしまう人がいるからこそ。
 次代を生きる子供たちが、せめてありふれた幸福を感じられるように。
「……やれやれ、眩しすぎて目が覚めるような話だなぁ」
 参った、とリカルドは苦笑する。
「実際、貴女たちが来てから拠点の連中はよく笑うようになりました。まるで止まっていた時間が動き出したみたいだ。……いいもんですね、夢ってのは」
 食材を寸分違わぬ精度で切り分けながら、リカルドは揚々と語る。
「一日早いですが、明日はバタバタしそうですからね……先に言わせてください」
 丁寧に洗った手をこちらに向けて、リカルドは親愛の笑みを見せてくれた。
「イルダさん、貴女に会えて良かった。この拠点の奴ら……いや……俺の家族に、明るい未来を見せてくれた。本当にありがとうございます」
 ――この拠点がこれまで機能してきたのは一重に、彼が懸命に各地の支部を飛び回り、物資の手配を続けていたからなのだと、拠点の住人たちから聞いた。
 元グレイプニルの所属でありながら、この拠点のために泥臭く奔走し続けた彼は、確かに、頑なだった多くの住人たちと心を通わせたのだ。
 彼の過去に何があったのかは分からない。けれど、尊敬と信頼に足る人物だと私は確信を持っていた。
 そんな人が今、私たちの夢に光を見て、こうして手を差し伸べてくれている。
 ……こんなに嬉しいことはない。
「こちらこそ、ありがとう……リカルドさん」
 強くその手を握り返す。
 私たちの夢が繋いでくれた、最初の絆を。
「理想郷の実現、心から願っています。貴女は……どうか折れないでくださいね」
「もちろん。その時には是非、この拠点の皆さんで移住してきてください」
「ああ……そいつぁ楽しみだ」
 応援してくれた拠点の人たち。かけがえのない絆を結んだ家族と一緒に食卓を囲みながら、最後の平和な夜が更けていく。


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