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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第三章 クレア編「穢れなき選択」


「GOD EATER 3」キャラクターノベル クレア編「穢れなき選択」 ~3章-5話~
「っ……クレ、ア……?」
「気が付いた? 灰域踏破船の医務室だよ。今、全速力でアローヘッドに向かってる」
 ベッドの上で薄く目を開けたエイルの手を握った。
「……おかしいわね、何で私、生きてるのかしら……」
「確かにあのままじゃ危なかったよ。でもね」
 止血と、傷の処置はどうにか間に合った。厄介だった薬剤のオーバードーズによるオラクル細胞の過剰活性も、所持していた鎮静薬が効果を発揮してくれたらしい。
 部隊の仲間が――エイルではなく、私を助けるためだけれど――駆けつけてくれて、エイルの搬送が何とか間に合ったのだ。
「喰灰が少し体内に入り込んでるから、まだ油断は出来ないけど……アローヘッドまでは持つと思う。あそこなら完璧な処置が出来るから」
「……凄いわね。自信なくしちゃうじゃない」
 あの日のエイルに憧れて始めた勉強が、エイル本人の命を救うことになるなんて、思ってもみなかったけど、何かを返すことが出来ただろうか。
「……クレア。私の部隊は……AGEの子たちは?」
「さっき、他のキャラバンと合流したって連絡が入ったよ。けど……」
 上官殺害の容疑がかかっているエイルの部隊ということで、結局、エイルの部隊は全員身柄を確保されてしまったらしい。
 真実は今、ここに居る私たちが握っている。
「エイル、お願い。何があったか聞かせて? ……殺したのは、貴女じゃないよね?」
 今ならまだ、何かを守れるかもしれないから――
「……灰嵐でキャラバンの足が止まった時、殺された指揮官は作戦の続行を指示したの」
 長い沈黙の後、エイルはゆっくりと語り出した。
「向かってくるアラガミの大群を迎え撃ち、ビーコンを復旧させれば手柄になるからってね。当然、そんなの自殺行為よ。だから私は止めに行ったの。だけどあいつは……」
 エイルの手に、力が入る。
「私に銃を向けたのよ。正義を理解しない愚か者とか叫んでね」
「な……っ!?」
「笑っちゃうわよね。邪魔者を始末しようとしたのは、あの男の方だったって訳」
 エイルは虚空を見据えながら、あの船の中で何が起きたのか、真実を紡いでいく。
「撃たれる直前……傍に居たAGEの子が私を守ろうとして、神機を振り抜いたの」
 あの小さな騎士たちが――
「そこから先は……全員が死ぬまで止まらなかった……どんな理由があろうと、上官を手にかけたAGEは確実に処刑される。それを防ぐために……私が一人で手を下したように見えるよう、映像記録を残したの」
「どうして……何で自分が犠牲になるようなことっ!?」
 重い沈黙を挟んで、エイルは私に視線を向ける。
「……クレア、私ね? 本当は孤児だったの」
「……え?」
「高い適合率を示す可能性があると見込まれて、孤児院から養子として引き取られたのよ。それからずっとアルベルト家のために使われてきた……AGEと、大して変わらない存在なのよ」
「っ……だから、AGEの子たちにも親身に?」
 苦笑するような吐息が、私の疑問を肯定した。
「家のため、親のためになるなら、どんなことでもした。……仲間殺しの件は、本当に根も葉もない噂だったけど……グレイプニルの内部情報を流出させたり、手柄のために、わざと戦場にアラガミを誘導して、無駄に被害を増やすようなこともしたわ」
 ――それが、親の指示だったから。
 エイルは、感情を思わせない声でそう言った。
「何で……何でそんなことを! そんな指示、聞かなければいいだけじゃない!」
 エイルの両親に。アルベルト家に、私は強い怒りを覚えた。
 そこまでさせる必要があったのか。エイルの想いを、少しでも考えたことがあるのか。
 そう思ったのに。
「じゃあ私は――いつになったら家族に愛してもらえるの?」
 虚飾の無い、あまりにも透き通った一言が私の思考を止めた。
「あの日、孤児院で膝を抱えていた私に会いに来た、父上と母上の姿を、今でも忘れられないの……君を探していた。もっと早く君に出会いたかった。そう言って、温かく抱きしめてもらった時の喜びが……本当に貴女に分かる?」
 冷たいエイルの瞳から、温かな涙が一粒零れ落ちる。
「あの瞬間に戻れるなら……もう一度笑って抱きしめてもらえるなら、どんなことだってするわよ。お金が欲しいなら、権力が欲しいなら、全部私が手に入れてみせるわよ。その先にしか……私が欲しいものはないんだから」
 あの日エイルが言っていた、自分が望むアルベルト家を作るという言葉。
 その言葉の本当の意味を理解した私は、冷たいその手を必死に握りしめた。
 エイルの心の隙間を、少しでも埋めてあげたくて。
「だけど、もう限界だった……この作戦の前に届いた親の指令はね、AGEを使って邪魔な指揮官を殺すようにという、暗殺の指令だったから」
「っ……そんな……」
「子供に人殺しを命令して、証拠隠滅のために灰域に置き去りにするなんて、出来るはずない……何度も必死に説得したけど、父上も母上も聞く耳を持たなかった……やるしかないんだって諦めかけていた、そんな時――貴女と再会したのよ」
 はっとする私を、エイルが静かに見つめる。
「私の夢を応援してくれるって言った貴女の言葉で、目が覚めた。見失いかけていた自分を、思い出すことが出来たから」
 耐えることが出来ず、私の目から涙が溢れた。
 だったら、今回のことは――
「もう両親の操り人形にはならない。そう決意した矢先に……目の前で、親の指令と全く同じことが起きた。これが私の運命なんだって悟ったわ」
 こんなことが、あっていいのか。
 どうして一筋の救いの光すら、エイルに届かなかったのか。
「だから最後に……私を守ってくれたAGEたちの罪を被って死のうと思ったの。部下のみんなにも、絶対に自分たちと、この子たちを守るようにと厳命してね……泣いてくれる子が沢山居たのが、私の最後の救いかな」
 満身創痍の体を懸命に起こして、エイルが私の手を強く握る。
 その瞳に、揺るぎない意志を宿して。
「ごめんね。だけど……最後にお願いがあるの。もう貴女にしか頼めない」
 零れ落ちる涙を止められない私に、優しく微笑みながら。
 エイルは、最後の願いを――私に託した。



 静寂と虚無に浸りながら、私はアローヘッドの集中治療室の前に座っていた。
 エイルの願いを、延々と頭の中で繰り返しながら。
 その時。固く勇ましい足音がこちらに近づいてきた。
「殺人の容疑をかけられているエイル・アルベルトから事情を聞いたのは、君だそうだね」
 その姿に、思わず立ち上がる。
「が、ガドリン総督……」
 グレイプニル総督、エイブラハム・ガドリン――
 かつての父の座を引き継いだ、グレイプニルの最高権力者にして、権威の調停者。
「大まかな現場の状況は聞いている。しかし君の口から直接、話を聞きたい。何があったのか……聞かせてくれるかね?」
 虚偽を許さない威圧感が私を襲う。
 仕事に向かう時の父と、雰囲気がそっくりだった。
 深く呼吸し、私は口を開く。
「……エイル・アルベルトの搭乗するキャラバンが作戦中、進行方向に灰嵐の発生を確認。追い立てられた多数のアラガミとの接敵を目前に控え、作戦の続行か、中断か、部隊は判断を迫られたそうです」
 ガドリン総督と向き合いつつも、私は、自分の中の正義を見つめていた。
「エイル・アルベルトは深刻な犠牲が発生することを危惧し、作戦の中断を指揮官に進言。しかしその主張は受け入れられず、指揮官との口論に発展。そして……」
 そして――
 言葉が続かない。握りしめた拳の震えが止まらなかった。
「……どうした。話を続けたまえ」
 エイルの、最後の願い。
 本当は嫌だ。私は貴女を救いたい。貴女の味方でいたい。
 だけどこれは貴女が、誰のものでもない貴女が、自分の命を懸けて望んだこと。
 そして――貴女に手を差し伸べた私が、初めて託されたことだから。
「エイル・アルベルトは……神機を振るい、単独でキャラバンの制圧を決行……」
 私は、彼女の望む真実を紡いでいく。
「船を制圧後、エイル・アルベルトの行いに同部隊の部下たちが強く反発。彼女を灰域内に放置しその場を離脱……地下研究施設に潜伏していたエイル・アルベルトの身柄を拘束し、現在に至ります……」
 溢れだす涙を、止めることが出来なかった。
「故に、拘束されたエイルの部下たちと、AGEたちに罪は無く……っ! 全ての罪は、指揮官の命令に背き、多数の同胞を虐殺した、エイル・アルベルト一人にあります……っ!」
 慟哭するように、全ての真実を吐き出した。
 私は、叶えたんだ。
 貴女の願いを――私を終わらせて欲しいという――最後の願いを、叶えた。
「……分かった。君の証言を全面的に信用しよう」
 ガドリン総督は、嗚咽を漏らす私にそう言うと、大きな手を優しく肩に置いてくれた。
「君の父上や、伯母上には、随分と世話になったものだよ。そして今の君にも、彼らと同じ気高い意志を感じた」
 ……何が、気高いものか。
 私は結局、何も救えなかったのに。
「今回の作戦は、次なる大規模作戦の予行演習でもあってね。組織内の勢力図の再確認と、その中で信頼できる神機使いを見出すことが目的でもあった」
 ガドリン総督は真っすぐに私を見据えながら、この作戦の本来の目的を明かした。
「いかなる状況においても、何が最も正しいことかを模索し続けることが出来る人物。目先の誘惑に目を曇らせず、己の中の正義に準ずることが出来る人物を見つけたかった」
 その言葉の真意が分からず、その眼差しを見つめ返す。
「……クレア・ヴィクトリアス。君に、灰域に対抗する人類の希望を託したい」
「人類の、希望……?」
 その時。背後で治療室の扉が開いた。
「無事に終わりました。危険な状態でしたが、もう心配いりません!」
 振り返る私に、ガドリン総督は頷きを送ってくれた。
「友、なのだろう? 行ってあげなさい」
 その言葉に深く一礼し、私は治療室の中へと走った。
「エイル……エイル!」
 血の気の失せた顔でベッドに横たわるエイルは、私を見ると小さく笑ってくれた。
「……クレア」
「ごめん……ごめんね……っ! 私は、貴女を救えなかった……っ!」
 貴女の道を阻んだのは、私だ。
 それが、どれだけ貴女の望んだことだろうと。
 これでもう、貴女が全てを懸けて目指した家族との未来は訪れない。
「ふふっ、何言ってるのよ。貴女は、私を救ってくれたわ」
 エイルの手が私の頬に触れる。
 その指先から、仄かな熱が伝わってくる。
「貴女が居たから、貴女と出会えたから、私は最後まで私らしく生きていられたの」
 呪いから解放されたエイルの瞳は、何よりも澄んだ眼差しを私に向けた。
「貴女の生き方、私は好きよ。だからそのまま行きなさい。きっとこの先の未来で、現実に抗う人たちが貴女を待ってる」
 腕を下ろしたエイルは、満足そうに目を閉じた。
「今度は私が、ずっとずっと貴女の行く道を応援するわ。……忘れないで?」
「あ……っ!」
 エイルの体が拘束され、搬送されていく。
 彼女は罪人だ。重傷を負っていようと命を繋いだ以上、罪を償わなければならない。
 もしかしたら、その命を以って――
 遠ざかっていく友の姿を、私は頬に残る熱を感じながらいつまでも見つめていた。
「……分かったよエイル。約束する」
 これから先も、きっと私は悩んで、立ち止まって、つまずきながら進むことになる。
 現実や、自分の無力に打ちひしがれることもあるだろう。
 けど立ち止まらない。自分を、そして貴女がくれた言葉を、信じ続けてみせる。
「貴女に誇れる私を、ずっと目指し続けるから……見ていて」
 誓いと共に涙を拭い、友に背を向けて――私は、自分の未来へ歩き出す。


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