CONTENTS
「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第四章 ジーク編「紡がれる絆」
「GOD EATER 3」キャラクターノベル ジーク編「紡がれる絆」 ~4章-4話~
――それは、本当にいきなりのことだった。
五人揃って、兄ちゃんたちが仕入れてきた物資を地下の資材置き場に運び込んでいる時。突然、地上の装甲壁が開く音が響き渡った。
地上への入口に一番近い所に居たオレとリース兄ちゃんが、慌てて外に飛び出す。
「な、何だあれ」
拠点の入口を通れないほどデカい車両が一隻、外に停泊していた。
「本当に子供ばかりの拠点だな……仕方ない……我々はグレイプニル所属のゴッドイーターである! これから君たちを保護し、ミナトへと連れていく! 全員集まってくれ!」
赤い腕輪を嵌めた大人たちが、拠点に散らばっていく。
子供たちも物珍しさと期待感に駆られて、あっという間に走っていった。
「お、オレたちも行った方がいいんじゃ……」
「しっ。静かに」
リース兄ちゃんはオレを後ろに下がらせて、しばらく隠れて様子を伺っていた。
「……ありゃ、噂の子供狩りだな」
と、その時。後ろから声をかけられた。
ソール兄ちゃんが連れてきたのは、捕まえてからずっと地下の資材置き場で雑用をさせていた、あのインチキ行商人のおっさんだった。
「何か知ってんのか、おっさん?」
「ふん……クソガキども、悪いことは言わねえからアレには関わらない方がいいぜ。ありゃ灰域踏破船だ。大方、ここを新しいビーコンの設置場所に選んだんだろう」
おっさんの言う通り、子供たちが船に乗り込んだ後、船から大きな機械が下ろされて拠点の真ん中に設置された。
「連中はああやって安全な地点を広げながら、集めたガキ共に無理やり適合試験を受けさせて、調査のために灰域の中に放り出すのさ」
「無理やり!? 連れていかれた奴ら、全員がゴッドイーターにされるのか?」
「いーや、試験の成功率なんて大して高くねえ。……十人に一人が生き残ればラッキーだろうよ 」
オレたちの間で緊張が高まった。
一緒に暮らした仲間が、ほとんど死ぬだって……?
灰域踏破船が、地鳴りのような駆動音を響かせて発進していく。
「……追いかけるぞ!」
ソール兄ちゃんの声に、オレたちは全員で頷いた。
大切な繋がりを持てた仲間なんだ。助けたいに決まってる。
「おいおいクソガキども、正気か!? 相手はグレイプニルだぞ!」
「知るかそんなもん! 同じ場所に暮らす仲間だ! みすみす殺させてたまるか!」
「ソール兄ちゃん、待った! 追いかけても灰域に入られたら打つ手がない! 何か考えないと……」
リース兄ちゃんの周りで、緊急の作戦会議が開かれる。
「勢い任せのガキどもが……ったく……本気で助ける気なら、すぐに追え。あの船が向かった方角にはもう一カ所、地下シェルターの生きてる拠点があるはずだ 。そこはギリギリ灰域の手前になる。子供を集めてるならそこにも寄るはずだ。仕掛けるんならそこしかねえぞ」
不満そうに舌打ちしながら情報をくれたおっさんに、オレたちは一瞬呆気に取られた。
「……礼を言うぜ、おっさん」
「バカ言え。グレイプニルもお前らのことも気に入らねえ。だが、気に入らねえもん同士が潰し合うってんなら、面白そうだと思っただけだ」
「何でもいいさ。お前ら、トレーラーに乗れ!」
ソール兄ちゃんはおっさんの拘束を解くと、トレーラーに乗り込んでエンジンをかけた。
……本当に、助けられちまった。
「言っただろジーク、繋がりは大事にしろって」
運転席に座るソール兄ちゃんが、にっ、と笑顔を向けてきた。
「……へへっ。そうだな、ソール兄ちゃん! 連れていかれたみんなとの繋がりも、取り返しに行こうぜ!」
人を信じる強さが、いつか自分を助ける。兄ちゃんの言葉は本当だった。
――おっさんの言った通り、灰域踏破船の轍を追っていった先には古い町並みを利用した拠点が広がっていた。
入り組んだ地形をしている町の探索を進めたオレたちは、その真ん中にぽっかり開いた広場のような場所を見つけた。
灰域踏破船はそこに停泊している。
ここから少し北に向かえば、もうそこは灰域の真っただ中だ。
「……何か様子がおかしいよ。攫われた子供たちが外に出てきた」
リース兄ちゃんに渡された双眼鏡を覗き込む。
拠点から連れていかれた奴ら。他にも、あちこちで集められてきたらしい子供がぞろぞろ――十人も居ないけど――船から降りてくるのが見えた。
全員の手には、デカい武器が握られている。
「神機か……ってことは、みんなゴッドイーターにされちまったのか?」
「これだけ大きな船だし、適合試験を受けられる設備があってもおかしくない。神機を持ってるってことは、そういうことだと思うけど……でも……何だ、あれ」
リース兄ちゃんが戸惑ったように口を開く。
「誰も腕輪をつけてない……? 腕輪がなくちゃ神機は使えないはずなのに……」
子供たちは全員生身のまま、神機だけを手にして、灰域の方に出撃していく。
「分かんねえことは直接確かめればいい。みんなよく聞け。俺とリースで船に侵入して、中を制圧する。ジーク、ニール、キースは船の周りを見張ってくれ。ヤバイと思ったら無線で連絡する。ここにある物を使って派手に騒ぎを起こせ」
手持ちの武器は、スタングレネードや、スモークグレネード。陽動に使う小型の爆薬まで揃ってる。オレたちだけでも騒ぎは起こせる。
「……兄ちゃんたち二人だけで、本当に大丈夫?」
「心配ないよジーク。上手くいったら、今度はこんなに大きな船が僕たちのものだ。何なら、この船で暮らしたっていい。楽しい明日がきっと待ってるよ」
リース兄ちゃんの微笑みが、緊張を和らげてくれた。
「……分かった。ニールとキースと一緒に待ってる! だから無茶すんなよ!」
「ああ約束だ。背中は任せるぜ、ジーク! 行くぞリース!」
身を屈めて走っていく二人の背中を、無言で見つめる。
ニールとキースの肩を抱いて、どうか上手くいくようにって祈った。
――じりじりと、何の物音もしない重たい時間が過ぎていく。
もし家族の誰かがゴッドイーターになったら……こんな時間が毎日、延々と続くってことなんだよな。
やっぱり、兄ちゃんたちが正しかった。
ゴッドイーターになるのも、その帰りを待ち続けるのも、ゴメンだ。
怖くて怖くて、心が潰れそうになる。
みんなで一緒に居られる場所。兄弟五人でそこに辿り着く。
オレたちの願いは、たったそれだけでいいんだって改めて思った、その時だった。
――ボロボロの市街地に、女の笑い声みたいなものが聞こえた気がした。
機械音声みたいな声の直後、雷みたいな一筋の閃光が建物を貫くように伸びて、瓦礫が崩れる音と、子供の悲鳴が立て続けに市街地に響き渡った。
「な、何だ今のっ!?」
慌てるオレの横で、立ち上がったニールが目を見開いた。
「……何か来る」
次の瞬間、市街地の通路をとんでもない速さで走ってくる姿が見えた。
上半身は女。けど体のあちこちを機械の鎧で武装しているアラガミ。
見たこともないアラガミに一瞬呆気に取られる。けど、そのアラガミが剣みたいな形の腕を灰域踏破船に向けた瞬間、ヤバイと思ってオレは叫んだ。
「兄ちゃんっ!」
叫びと同時に、さっきの閃光みたいな雷が灰域踏破船を襲った。思わずニールとキースを庇って伏せる。
……流石に、一発で船が壊れることはなかったみたいだ。けど分厚い装甲が焼け付いて、辺りに煙と焦げ臭い匂いが充満していく。
そして、その煙を振り払ったアラガミが、ゆっくりとこっちに目を向けた。
「や、ヤベェ……っ!」
咄嗟にスタングレネードとスモークグレネードを投げつける。ここに居たらダメだ。
「走るぞ!」
ニールとキースを連れて走り出す。でも、さっきの雷のせいなのか無線が通じない。
とにかくあのアラガミの攻撃範囲から逃げ出そうとしたオレの視線の先で、また別の動きがあった。
血に濡れた小型アラガミの群れが、市街地の通路を埋め尽くす勢いで走ってくる。
さっき出撃していった奴らは、こいつらにやられちまったってことなのか……?
「兄ちゃんたち、まだ逃げ出せてねえ……っ!」
このままだとあの大群が船にぶつかっちまう。
叫びだしたい気持ちを押し殺して、物陰に隠れて弟たちを強く抱き寄せた。
考えろ、考えろ、考えろ。ソール兄ちゃんみたいに。リース兄ちゃんみたいに。
「ニール、キース! あの群れを引き付けながら逃げ回るぞ! 出来るか!?」
すぐに頷いたニールとキースが、それぞれ爆弾を手にする。
とにかく陽動に使えそうなものを片っ端から遠くに投げながら、アラガミの注意が少しでも船から外れるように走り回った。
多少は効果があったらしい。アラガミの群れは幾つかのグループに分かれて市街地に散ったみたいだ。
けど、このままじゃオレたちも危ない。何か手を考えないと――そう思った瞬間。
隠れていた廃屋の壁を切り裂いて、あの鎧のアラガミが突進してきた。
「く、くそっ!」
弟二人を後ろに突き飛ばして、オレはアラガミの前に躍り出た。
こいつらは。弟たちだけは守り抜く。それが今のオレに出来る精一杯だから。
だけど――
「兄ちゃん、ごめん……っ!」
オレじゃこいつを止められない。
鎧のアラガミが高笑いを響かせて、両腕の剣を振り上げた。
悔しさで歯を食いしばって、固く目を閉じた、その時。
「……諦めんな、ジーク!」
「こいつは僕らで何とかする! 二人を連れて下がるんだ!」
その声に、目を開く。
長剣と短剣をそれぞれ携えたソール兄ちゃんとリース兄ちゃんが、オレの目の前でアラガミの剣を受け止めていた。
「兄ちゃんたち!? そ、それ……っ!」
二人が握っているのは、紛れもなく神機だった。
「リースっ!」
ソール兄ちゃんの長剣から、強烈な衝撃波が撃ち出される。相手が仰け反った隙をついて、リース兄ちゃんが捕喰形態に変形させた神機で、アラガミの頭に喰らいついた。
……兄ちゃんたちは、ゴッドイーターになったんだ。
何があったのかは分からない。けど、あの船でアラガミと戦う力を手に入れたんだ。
二人の背中に、オレたち三人はただただ見入るしかなかった。
希望を繋げに来てくれた、最高の兄ちゃんたちの姿を。
けど、そう思った瞬間。
――アラガミを捕喰したはずのリース兄ちゃんの右腕が、破裂するように吹っ飛んだ。
「……え……?」
飛び散った血飛沫の向こうで、リース兄ちゃんの神機が腕ごと地面に落ちる。
「リースっ!」
「ぐっ……ぅぅ……ぁぁあああああ!」
腕一本吹っ飛んだにも関わらず、リース兄ちゃんは片腕で落ちた自分の神機を拾い上げて、もう一度目の前のアラガミに飛びかかった。
交差するように、リース兄ちゃんの剣がアラガミの首元を。
アラガミの剣がリース兄ちゃんの脇腹を貫く。
「が、ぁ……ソール、兄ちゃん……頼むっ!」
「う……おおおおおおおおっ!」
ソール兄ちゃんの一撃が、亀裂の入ったアラガミの首をぶった斬って、遂にその動きを停止させた。
崩れ落ちるアラガミと一緒に――兄ちゃんたちも、力なくその場に倒れ込んだ。
「に……兄ちゃん!」
三人で、兄ちゃんたちに駆け寄る。
目の前に広がる光景の意味が、分からなかった。
流れ出る血の中で横たわっていたリース兄ちゃんが、そっと微笑みを浮かべる。
「三人とも……生きてる……? もう、あんまり、見えなくてさ……」
真っ先に血だまりの中に跪いてリース兄ちゃんを支えたのは、ニールだった。
「兄ちゃん! 生きてるよ! 俺たちみんな生きてる!」
「そう、か……良かった……僕たち、まだ……五人で……いっしょ、に……」
途切れ途切れの言葉を最後に、リース兄ちゃんは動かなくなった。
「……な、なんだよ、これ……」
静けさに、ただ立ち尽くす。
安心したような微笑みを浮かべたまま、眠るように息絶えたリース兄ちゃんを見て、キースが膝をついて泣き出した。
オレは何も考えることが出来なくて、ただ茫然とリース兄ちゃんの亡骸を見つめることしか出来なかった。
「……ジーク」
その時、ソール兄ちゃんがゆっくりと身を起こしてオレを見つめた。
慌てて駆け寄って、その体を支える。
――体の異様な冷たさにゾッとした。
どんどん生気の無くなっていくソール兄ちゃんの顔に、何の力もない笑顔が浮かぶ。
「……ごめんな」
その瞬間、オレの中で何かが壊れた。
「っ……兄ちゃん……兄ちゃん! しっかりしろよ!」
アラガミに気づかれる危険も顧みずに、オレは叫んでいた。
目の前で家族の命が消えていく。
その感覚が、オレの中から余計な感情を全部奪い取った。
自分はもう一人前だと思ってた。兄ちゃんたちのために出来ることはもっとあるはずだし、子供扱いされることに内心腹も立ててた。
だけど、そんなのはただの粋がりだった。
怖い。大切なものが今まさに壊れようとしている感覚が、どうしたって取り繕えないほど怖い。
「ジーク、お前に……頼みがある」
震える手が、痛いほど強くオレの手を握り締める。
「俺たちの代わりに、今度はお前が兄として……」
「な……何だよそれ! 代わりなんて言うな! 兄ちゃんたちの代わりなんてこの世に居ないんだよ! オレには……出来ないよ……っ! 置いていかないでよ……っ!」
普段は絶対に出ないような、情けない声が出た。
これがオレだ。弱くて、バカで、兄ちゃんたちに頼らなきゃ何も出来ない子供なんだ。
だから、そんなこと言わないでくれよ。この先もずっとオレたちと一緒に居てくれよ。
この手を離したら。この繋がりが切れたら。オレは、オレは――
「ジーク、大丈夫さ。お前なら……いや……お前だから……」
「ソール兄ちゃん……っ!」
「ニールとキースを……頼んだぞ」
最後の願いを口にして、ソール兄ちゃんも眠るように目を閉じた。
「兄ちゃんっ! う……ぁぁぁ……っ!」
大きくて、大切な願いを託された。
なのに、オレの心の中には――えぐられたようなデカい穴が開いた気がした。
「隊長! 生存者を見つけました!」
振り返ると、制服を着た大人たちが銃を手にこっちに走ってきていた。
拠点のみんなを連れていった奴らだ。
兄ちゃんたちの死を悲しむ間もなく訪れた、オレたちの敵だ。
どうすればいいのか、真っ白な頭の中で必死に考えた、その時。
ふらりと、ニールが立ち上がった。
「……お前らのせいだ」
悲しみと、震え上がるほどの怒りを込めた声が、静かに響いた。
「お前らが……お前らが来たから兄ちゃんたちが死んだ! お前らさえ居なければ、みんな一緒に居られたのにっ!」
涙を流しながら、鬼のような形相のニールが 傍らの石を何度も大人たちに投げつけた。
「おい、やめろニール!」
「許さない……お前ら全員、絶対に許さないからなぁっ!」
その腕を押さえつけて、必死に止めた。
オレだって同じ気持ちだ。こいつらを許せない。
だけど、今は――
「我々のトレーラーが一台使える。近くの集落まで送ってやってもいい」
「え……?」
「灰域踏破船は大破。実験も失敗。すでに我々は任務外だ、難民を保護して何が悪い。……さぁどうする」
すぐにここにもアラガミが来る。武器も食料もないのに、オレたち三人だけでここから逃げ出せない。
たとえこいつらが、兄ちゃんたちを死に追いやった奴らだとしても。今はこいつらを信じて頼るしか、生き延びる方法がない。
ニールとキースを守るために。繋がりを、チャンスを、手繰り寄せるんだ。
「オレたちを……連れていってくれ」
兄ちゃんたちとの約束を。託された願いを。家族の絆を守るために。
それがどんなに辛くても、重たくても。
今、この瞬間から。オレが大人になるしかないんだ。
泣き続けているキースと、ニールの肩を抱いて。オレたちは――兄ちゃんたちの亡骸に背を向けて、歩き出した。
もう二度と叶わない夢を、それでも追いかけ続けるために。
――それは、本当にいきなりのことだった。
五人揃って、兄ちゃんたちが仕入れてきた物資を地下の資材置き場に運び込んでいる時。突然、地上の装甲壁が開く音が響き渡った。
地上への入口に一番近い所に居たオレとリース兄ちゃんが、慌てて外に飛び出す。
「な、何だあれ」
拠点の入口を通れないほどデカい車両が一隻、外に停泊していた。
「本当に子供ばかりの拠点だな……仕方ない……我々はグレイプニル所属のゴッドイーターである! これから君たちを保護し、ミナトへと連れていく! 全員集まってくれ!」
赤い腕輪を嵌めた大人たちが、拠点に散らばっていく。
子供たちも物珍しさと期待感に駆られて、あっという間に走っていった。
「お、オレたちも行った方がいいんじゃ……」
「しっ。静かに」
リース兄ちゃんはオレを後ろに下がらせて、しばらく隠れて様子を伺っていた。
「……ありゃ、噂の子供狩りだな」
と、その時。後ろから声をかけられた。
ソール兄ちゃんが連れてきたのは、捕まえてからずっと地下の資材置き場で雑用をさせていた、あのインチキ行商人のおっさんだった。
「何か知ってんのか、おっさん?」
「ふん……クソガキども、悪いことは言わねえからアレには関わらない方がいいぜ。ありゃ灰域踏破船だ。大方、ここを新しいビーコンの設置場所に選んだんだろう」
おっさんの言う通り、子供たちが船に乗り込んだ後、船から大きな機械が下ろされて拠点の真ん中に設置された。
「連中はああやって安全な地点を広げながら、集めたガキ共に無理やり適合試験を受けさせて、調査のために灰域の中に放り出すのさ」
「無理やり!? 連れていかれた奴ら、全員がゴッドイーターにされるのか?」
「いーや、試験の成功率なんて大して高くねえ。……十人に一人が生き残ればラッキーだろうよ 」
オレたちの間で緊張が高まった。
一緒に暮らした仲間が、ほとんど死ぬだって……?
灰域踏破船が、地鳴りのような駆動音を響かせて発進していく。
「……追いかけるぞ!」
ソール兄ちゃんの声に、オレたちは全員で頷いた。
大切な繋がりを持てた仲間なんだ。助けたいに決まってる。
「おいおいクソガキども、正気か!? 相手はグレイプニルだぞ!」
「知るかそんなもん! 同じ場所に暮らす仲間だ! みすみす殺させてたまるか!」
「ソール兄ちゃん、待った! 追いかけても灰域に入られたら打つ手がない! 何か考えないと……」
リース兄ちゃんの周りで、緊急の作戦会議が開かれる。
「勢い任せのガキどもが……ったく……本気で助ける気なら、すぐに追え。あの船が向かった方角にはもう一カ所、地下シェルターの生きてる拠点があるはずだ 。そこはギリギリ灰域の手前になる。子供を集めてるならそこにも寄るはずだ。仕掛けるんならそこしかねえぞ」
不満そうに舌打ちしながら情報をくれたおっさんに、オレたちは一瞬呆気に取られた。
「……礼を言うぜ、おっさん」
「バカ言え。グレイプニルもお前らのことも気に入らねえ。だが、気に入らねえもん同士が潰し合うってんなら、面白そうだと思っただけだ」
「何でもいいさ。お前ら、トレーラーに乗れ!」
ソール兄ちゃんはおっさんの拘束を解くと、トレーラーに乗り込んでエンジンをかけた。
……本当に、助けられちまった。
「言っただろジーク、繋がりは大事にしろって」
運転席に座るソール兄ちゃんが、にっ、と笑顔を向けてきた。
「……へへっ。そうだな、ソール兄ちゃん! 連れていかれたみんなとの繋がりも、取り返しに行こうぜ!」
人を信じる強さが、いつか自分を助ける。兄ちゃんの言葉は本当だった。
――おっさんの言った通り、灰域踏破船の轍を追っていった先には古い町並みを利用した拠点が広がっていた。
入り組んだ地形をしている町の探索を進めたオレたちは、その真ん中にぽっかり開いた広場のような場所を見つけた。
灰域踏破船はそこに停泊している。
ここから少し北に向かえば、もうそこは灰域の真っただ中だ。
「……何か様子がおかしいよ。攫われた子供たちが外に出てきた」
リース兄ちゃんに渡された双眼鏡を覗き込む。
拠点から連れていかれた奴ら。他にも、あちこちで集められてきたらしい子供がぞろぞろ――十人も居ないけど――船から降りてくるのが見えた。
全員の手には、デカい武器が握られている。
「神機か……ってことは、みんなゴッドイーターにされちまったのか?」
「これだけ大きな船だし、適合試験を受けられる設備があってもおかしくない。神機を持ってるってことは、そういうことだと思うけど……でも……何だ、あれ」
リース兄ちゃんが戸惑ったように口を開く。
「誰も腕輪をつけてない……? 腕輪がなくちゃ神機は使えないはずなのに……」
子供たちは全員生身のまま、神機だけを手にして、灰域の方に出撃していく。
「分かんねえことは直接確かめればいい。みんなよく聞け。俺とリースで船に侵入して、中を制圧する。ジーク、ニール、キースは船の周りを見張ってくれ。ヤバイと思ったら無線で連絡する。ここにある物を使って派手に騒ぎを起こせ」
手持ちの武器は、スタングレネードや、スモークグレネード。陽動に使う小型の爆薬まで揃ってる。オレたちだけでも騒ぎは起こせる。
「……兄ちゃんたち二人だけで、本当に大丈夫?」
「心配ないよジーク。上手くいったら、今度はこんなに大きな船が僕たちのものだ。何なら、この船で暮らしたっていい。楽しい明日がきっと待ってるよ」
リース兄ちゃんの微笑みが、緊張を和らげてくれた。
「……分かった。ニールとキースと一緒に待ってる! だから無茶すんなよ!」
「ああ約束だ。背中は任せるぜ、ジーク! 行くぞリース!」
身を屈めて走っていく二人の背中を、無言で見つめる。
ニールとキースの肩を抱いて、どうか上手くいくようにって祈った。
――じりじりと、何の物音もしない重たい時間が過ぎていく。
もし家族の誰かがゴッドイーターになったら……こんな時間が毎日、延々と続くってことなんだよな。
やっぱり、兄ちゃんたちが正しかった。
ゴッドイーターになるのも、その帰りを待ち続けるのも、ゴメンだ。
怖くて怖くて、心が潰れそうになる。
みんなで一緒に居られる場所。兄弟五人でそこに辿り着く。
オレたちの願いは、たったそれだけでいいんだって改めて思った、その時だった。
――ボロボロの市街地に、女の笑い声みたいなものが聞こえた気がした。
機械音声みたいな声の直後、雷みたいな一筋の閃光が建物を貫くように伸びて、瓦礫が崩れる音と、子供の悲鳴が立て続けに市街地に響き渡った。
「な、何だ今のっ!?」
慌てるオレの横で、立ち上がったニールが目を見開いた。
「……何か来る」
次の瞬間、市街地の通路をとんでもない速さで走ってくる姿が見えた。
上半身は女。けど体のあちこちを機械の鎧で武装しているアラガミ。
見たこともないアラガミに一瞬呆気に取られる。けど、そのアラガミが剣みたいな形の腕を灰域踏破船に向けた瞬間、ヤバイと思ってオレは叫んだ。
「兄ちゃんっ!」
叫びと同時に、さっきの閃光みたいな雷が灰域踏破船を襲った。思わずニールとキースを庇って伏せる。
……流石に、一発で船が壊れることはなかったみたいだ。けど分厚い装甲が焼け付いて、辺りに煙と焦げ臭い匂いが充満していく。
そして、その煙を振り払ったアラガミが、ゆっくりとこっちに目を向けた。
「や、ヤベェ……っ!」
咄嗟にスタングレネードとスモークグレネードを投げつける。ここに居たらダメだ。
「走るぞ!」
ニールとキースを連れて走り出す。でも、さっきの雷のせいなのか無線が通じない。
とにかくあのアラガミの攻撃範囲から逃げ出そうとしたオレの視線の先で、また別の動きがあった。
血に濡れた小型アラガミの群れが、市街地の通路を埋め尽くす勢いで走ってくる。
さっき出撃していった奴らは、こいつらにやられちまったってことなのか……?
「兄ちゃんたち、まだ逃げ出せてねえ……っ!」
このままだとあの大群が船にぶつかっちまう。
叫びだしたい気持ちを押し殺して、物陰に隠れて弟たちを強く抱き寄せた。
考えろ、考えろ、考えろ。ソール兄ちゃんみたいに。リース兄ちゃんみたいに。
「ニール、キース! あの群れを引き付けながら逃げ回るぞ! 出来るか!?」
すぐに頷いたニールとキースが、それぞれ爆弾を手にする。
とにかく陽動に使えそうなものを片っ端から遠くに投げながら、アラガミの注意が少しでも船から外れるように走り回った。
多少は効果があったらしい。アラガミの群れは幾つかのグループに分かれて市街地に散ったみたいだ。
けど、このままじゃオレたちも危ない。何か手を考えないと――そう思った瞬間。
隠れていた廃屋の壁を切り裂いて、あの鎧のアラガミが突進してきた。
「く、くそっ!」
弟二人を後ろに突き飛ばして、オレはアラガミの前に躍り出た。
こいつらは。弟たちだけは守り抜く。それが今のオレに出来る精一杯だから。
だけど――
「兄ちゃん、ごめん……っ!」
オレじゃこいつを止められない。
鎧のアラガミが高笑いを響かせて、両腕の剣を振り上げた。
悔しさで歯を食いしばって、固く目を閉じた、その時。
「……諦めんな、ジーク!」
「こいつは僕らで何とかする! 二人を連れて下がるんだ!」
その声に、目を開く。
長剣と短剣をそれぞれ携えたソール兄ちゃんとリース兄ちゃんが、オレの目の前でアラガミの剣を受け止めていた。
「兄ちゃんたち!? そ、それ……っ!」
二人が握っているのは、紛れもなく神機だった。
「リースっ!」
ソール兄ちゃんの長剣から、強烈な衝撃波が撃ち出される。相手が仰け反った隙をついて、リース兄ちゃんが捕喰形態に変形させた神機で、アラガミの頭に喰らいついた。
……兄ちゃんたちは、ゴッドイーターになったんだ。
何があったのかは分からない。けど、あの船でアラガミと戦う力を手に入れたんだ。
二人の背中に、オレたち三人はただただ見入るしかなかった。
希望を繋げに来てくれた、最高の兄ちゃんたちの姿を。
けど、そう思った瞬間。
――アラガミを捕喰したはずのリース兄ちゃんの右腕が、破裂するように吹っ飛んだ。
「……え……?」
飛び散った血飛沫の向こうで、リース兄ちゃんの神機が腕ごと地面に落ちる。
「リースっ!」
「ぐっ……ぅぅ……ぁぁあああああ!」
腕一本吹っ飛んだにも関わらず、リース兄ちゃんは片腕で落ちた自分の神機を拾い上げて、もう一度目の前のアラガミに飛びかかった。
交差するように、リース兄ちゃんの剣がアラガミの首元を。
アラガミの剣がリース兄ちゃんの脇腹を貫く。
「が、ぁ……ソール、兄ちゃん……頼むっ!」
「う……おおおおおおおおっ!」
ソール兄ちゃんの一撃が、亀裂の入ったアラガミの首をぶった斬って、遂にその動きを停止させた。
崩れ落ちるアラガミと一緒に――兄ちゃんたちも、力なくその場に倒れ込んだ。
「に……兄ちゃん!」
三人で、兄ちゃんたちに駆け寄る。
目の前に広がる光景の意味が、分からなかった。
流れ出る血の中で横たわっていたリース兄ちゃんが、そっと微笑みを浮かべる。
「三人とも……生きてる……? もう、あんまり、見えなくてさ……」
真っ先に血だまりの中に跪いてリース兄ちゃんを支えたのは、ニールだった。
「兄ちゃん! 生きてるよ! 俺たちみんな生きてる!」
「そう、か……良かった……僕たち、まだ……五人で……いっしょ、に……」
途切れ途切れの言葉を最後に、リース兄ちゃんは動かなくなった。
「……な、なんだよ、これ……」
静けさに、ただ立ち尽くす。
安心したような微笑みを浮かべたまま、眠るように息絶えたリース兄ちゃんを見て、キースが膝をついて泣き出した。
オレは何も考えることが出来なくて、ただ茫然とリース兄ちゃんの亡骸を見つめることしか出来なかった。
「……ジーク」
その時、ソール兄ちゃんがゆっくりと身を起こしてオレを見つめた。
慌てて駆け寄って、その体を支える。
――体の異様な冷たさにゾッとした。
どんどん生気の無くなっていくソール兄ちゃんの顔に、何の力もない笑顔が浮かぶ。
「……ごめんな」
その瞬間、オレの中で何かが壊れた。
「っ……兄ちゃん……兄ちゃん! しっかりしろよ!」
アラガミに気づかれる危険も顧みずに、オレは叫んでいた。
目の前で家族の命が消えていく。
その感覚が、オレの中から余計な感情を全部奪い取った。
自分はもう一人前だと思ってた。兄ちゃんたちのために出来ることはもっとあるはずだし、子供扱いされることに内心腹も立ててた。
だけど、そんなのはただの粋がりだった。
怖い。大切なものが今まさに壊れようとしている感覚が、どうしたって取り繕えないほど怖い。
「ジーク、お前に……頼みがある」
震える手が、痛いほど強くオレの手を握り締める。
「俺たちの代わりに、今度はお前が兄として……」
「な……何だよそれ! 代わりなんて言うな! 兄ちゃんたちの代わりなんてこの世に居ないんだよ! オレには……出来ないよ……っ! 置いていかないでよ……っ!」
普段は絶対に出ないような、情けない声が出た。
これがオレだ。弱くて、バカで、兄ちゃんたちに頼らなきゃ何も出来ない子供なんだ。
だから、そんなこと言わないでくれよ。この先もずっとオレたちと一緒に居てくれよ。
この手を離したら。この繋がりが切れたら。オレは、オレは――
「ジーク、大丈夫さ。お前なら……いや……お前だから……」
「ソール兄ちゃん……っ!」
「ニールとキースを……頼んだぞ」
最後の願いを口にして、ソール兄ちゃんも眠るように目を閉じた。
「兄ちゃんっ! う……ぁぁぁ……っ!」
大きくて、大切な願いを託された。
なのに、オレの心の中には――えぐられたようなデカい穴が開いた気がした。
「隊長! 生存者を見つけました!」
振り返ると、制服を着た大人たちが銃を手にこっちに走ってきていた。
拠点のみんなを連れていった奴らだ。
兄ちゃんたちの死を悲しむ間もなく訪れた、オレたちの敵だ。
どうすればいいのか、真っ白な頭の中で必死に考えた、その時。
ふらりと、ニールが立ち上がった。
「……お前らのせいだ」
悲しみと、震え上がるほどの怒りを込めた声が、静かに響いた。
「お前らが……お前らが来たから兄ちゃんたちが死んだ! お前らさえ居なければ、みんな一緒に居られたのにっ!」
涙を流しながら、鬼のような形相のニールが 傍らの石を何度も大人たちに投げつけた。
「おい、やめろニール!」
「許さない……お前ら全員、絶対に許さないからなぁっ!」
その腕を押さえつけて、必死に止めた。
オレだって同じ気持ちだ。こいつらを許せない。
だけど、今は――
「我々のトレーラーが一台使える。近くの集落まで送ってやってもいい」
「え……?」
「灰域踏破船は大破。実験も失敗。すでに我々は任務外だ、難民を保護して何が悪い。……さぁどうする」
すぐにここにもアラガミが来る。武器も食料もないのに、オレたち三人だけでここから逃げ出せない。
たとえこいつらが、兄ちゃんたちを死に追いやった奴らだとしても。今はこいつらを信じて頼るしか、生き延びる方法がない。
ニールとキースを守るために。繋がりを、チャンスを、手繰り寄せるんだ。
「オレたちを……連れていってくれ」
兄ちゃんたちとの約束を。託された願いを。家族の絆を守るために。
それがどんなに辛くても、重たくても。
今、この瞬間から。オレが大人になるしかないんだ。
泣き続けているキースと、ニールの肩を抱いて。オレたちは――兄ちゃんたちの亡骸に背を向けて、歩き出した。
もう二度と叶わない夢を、それでも追いかけ続けるために。