CONTENTS
「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第二章 ルル編「蛍火の記憶」
「GOD EATER 3」キャラクターノベル ルル編「蛍火の記憶」 ~2章-5話~
卒業試験から、数年。
私はバランのAGEとして、どうにか命を繋いでいた。
「お前らが、記念すべき最初のアクセルトリガーの被験者だ。こいつは今後のバランの主力商品として売ってかなきゃならねえんだからな。命懸けで戦ってこいよ?」
バランの幾つかのキャラバンを取りまとめる船長にまで上り詰めた小太りの男が、タブレットで私の頬を叩く。
「……全力で任務に当たります」
私の口からは、お決まりの言葉が機械的に発せられた。
腕輪に接続された大型のブースター。これがバランの完成させた新型の武装、アクセルトリガーだ。
戦闘中に神機とAGEのオラクル細胞を励起させ、一時的な戦闘力向上を図る代物。
まだ試作品というだけあって、システムが追いつかない部分の強化は薬物の投与によって補われる仕様になっているらしい。
……オラクル細胞の励起システム。神機使いを大幅に強化する薬。
あの頃の実験で得たデータを元に、完成に漕ぎつけたと聞く。
私にとっては忌まわしい代物だ。しかし。
どんな物でも、未来に繋がる価値を見出せることを、私は知っているから。
監視に着くゴウ師匠と共に、私は今日も先の見えない灰域に立つ。
ダイヤのエースをあしらった自作の服を身に纏い、彼女の遺した唯一の遺品であるゴーグルを首にかけ、在りし日の記憶を忘れまいと強化し続けた、紅の神機を握り締めて。
ただ、存在し続けるために。
彼女が見出してくれた、己の価値を証明し続けるために。
――それが私に出来る、たった一つの償いだから。
膨大な水が流れ落ちる大渓谷。ここが今日の戦場だ。
この付近一帯に点在しているアラガミの群れを、アクセルトリガーを用いて端から順に叩いていくのが任務だった。
想定外の、狼の遠吠えが轟くまでは。
「あれは……感応種!?」
赤蝕狼マルドゥーク――こいつは偏食場パルスを用いて周辺のアラガミを呼び寄せる。
その咆哮に引き寄せられ、凄まじい数のアラガミが集結を開始した。
小型種多数。シユウが6。バルバルスが3。ネヴァンが5。ハバキリが4。そして。
「カリギュラ……っ!」
蒼き装甲を纏った竜帝カリギュラが、唸り声を上げながら舞い降りた。
これほど絶望的な事態に陥るのは初めてだ。即撤退しか選択肢がないことは明白。
だというのに。
『はは、丁度いいじゃねえか。どうせ全部倒す予定だったんだろ? 手間が省けたってもんだ。……アクセルトリガーを起動しろ。撤退は許さん!』
無線の向こうから、船長の冷酷な命令が告げられる。
それが、これ以上ないほどの死の宣告であることは誰もが一瞬で理解した。
「構えろ、行くぞ」
言葉を失った私たちの前に、師匠がロングブレードを携えて進み出ていく。
……そうだ。それでも私は前に進むしかない。
彼女に償うには、それしかないのだから。
「……起動!」
アクセルトリガーから放たれる禍々しい赤い輝きが、急速に肉体を活性化させる。
体が内側から破裂するのではないかと思うほど、強烈な負荷が全身を駆け抜けた。
――ああ、きっとこの痛みが、彼女の戦いだったんだ。
なら、私が膝をつくわけにはいかない。
「ぐっ……う……あああああああああああっ!」
叫びと共に、私は絶望の戦場に向けて飛び出した。
私に引きずられるように、三人のチームメイトも悲鳴のような雄叫びを上げながらアクセルトリガーを起動し、戦場に飛び込んでいく。
……滑空してくるシユウを叩き落とし、地中から襲ってくるバルバルスを迎撃し、ネヴァンの刺突を弾き返し、ハバキリの突進を受け止める。
もはや自分が、何と、どれだけ戦っているのかも分からない。
体が砕け散りそうな感覚の中、それでも肉体を稼働させるための力は腕輪から無尽蔵に供給され続ける。
仲間たちは一人、また一人と、体が限界を迎えて倒れていった。
おびただしい数の亡骸と、それでもまだ途切れないアラガミの群れに囲まれ、気づけば神機を手に立っているのは私と師匠の二人だけになっていた。
……自分でも、どうしてまだ体が動いているのか分からない。
「よく戦った、ルル。貴様は充分に役目を果たした」
師匠が、珍しく労いの言葉をかけてくれた。
この局面において、それがどういう意味を持つのかは考えるまでもない。
「師匠……あなたはどうして、そこまでして戦うんですか……」
こんな状況だというのに、背中合わせに立つ師匠にそんな質問を投げかけていた。
「……散っていった戦友や、弟子たちの意志を無にしないためだ」
途切れかけの意識の中に、思いがけない師匠の言葉が響く。
その時。遂にカリギュラの眼光が私を捉え、巨大な蒼刃が振り上げられた。
「久しぶりだな……」
これも何かの運命だろうか。もしかしたらこいつは、あの日狩り損なった私の命を奪い取るために、再び舞い降りたのかもしれない。
体がふらつき、いよいよ意識が遠のいた。
師匠が私を振り返る。だが、もう間に合わない。
視界が白く霞み、体の自由が効かなくなった。
――その瞬間。
「……っ!?」
私の腕が神機を振るい、カリギュラのブレードを正面から受け止めた。
それはまるで、夢を見ているようだった。
私の肉体も意識もとっくに限界だ。それなのに。
ブレードを足場にして飛び上がった私は、羽ばたくような動きでカリギュラに嵐のような猛攻を叩きこんでいく。
何かに引き上げられるように、竜帝を見下ろせるほどの位置まで飛び上がった私の体は、正確無比に、その顔面に神機を突き刺した。
その動きは、まるであの日の――
「まさか……そんなことが……」
私の動きを見据えていた師匠が、呆然と立ち尽くす。
絶命したカリギュラの頭の上で、私は今度こそ倒れ込んだ。
だが奇跡のような反撃に思いを巡らす暇もなく、背後でマルドゥークが雄叫びを上げた。
まだ、戦いは終わらないらしい。
今度こそ薄れていく意識の中で、師匠の声だけが響く。
「……聞け、ルル。戦場で死ぬなら本望と思っていたが、どうやら俺にもここで死ぬわけにはいかない理由が出来たらしい」
次の瞬間、神機の砲撃音が轟き――足元の地面が砕け、崖下へと崩落した。
落下の浮遊感に包まれた私の意識が途切れる寸前。
「……その意志を、手放すなよ」
師匠の、最後の言葉だけが聞こえた。
意識を取り戻した時、辺りには水の流れる音だけが響いていた。
アラガミの姿はない。体は……まだ辛うじて動くようだ。
師匠は、もう動けない私を一旦戦場から切り離し、立て直しを図ったのか……?
無線は通じないが、神機は私に寄り添うように隣に転がっている。
近くの川辺に、オラクルが噴き出すアラガミの餌場が見えた。
「ま、だ……私は……」
とにかく腕輪で救難信号を送る。この辺りは他のキャラバンも通るはずだ。
神機を支えに這いずるように進み、何とか餌場に倒れ込む。
噴き上がるオラクルの飛沫が、降り注ぐ光の雨のように傷を癒してくれた。
「綺麗だな……」
一生忘れられないほど美しい、刹那の幻想を見せてくれるという極東のホタルも、もしかしたらこんな風に目に映るのだろうか。
「……何を今更、か」
あの日。ニケが遺した想いは、結局一つも叶えられなかった。
自由な世界も、本当の私を受け入れてくれる仲間も、到底見つけられそうにない。
それでも、バランに居場所がある限り、私は前に進む。
ニケが見つけてくれた私の価値を、無意味なものにしないために。
――足音が近づいてくる。バランのAGEではなさそうだ。
さあ、私たちの力を見せてやろう。
紅の神機を握り締め、この瞳に映る世界へ、私は大きく飛び込んだ。
卒業試験から、数年。
私はバランのAGEとして、どうにか命を繋いでいた。
「お前らが、記念すべき最初のアクセルトリガーの被験者だ。こいつは今後のバランの主力商品として売ってかなきゃならねえんだからな。命懸けで戦ってこいよ?」
バランの幾つかのキャラバンを取りまとめる船長にまで上り詰めた小太りの男が、タブレットで私の頬を叩く。
「……全力で任務に当たります」
私の口からは、お決まりの言葉が機械的に発せられた。
腕輪に接続された大型のブースター。これがバランの完成させた新型の武装、アクセルトリガーだ。
戦闘中に神機とAGEのオラクル細胞を励起させ、一時的な戦闘力向上を図る代物。
まだ試作品というだけあって、システムが追いつかない部分の強化は薬物の投与によって補われる仕様になっているらしい。
……オラクル細胞の励起システム。神機使いを大幅に強化する薬。
あの頃の実験で得たデータを元に、完成に漕ぎつけたと聞く。
私にとっては忌まわしい代物だ。しかし。
どんな物でも、未来に繋がる価値を見出せることを、私は知っているから。
監視に着くゴウ師匠と共に、私は今日も先の見えない灰域に立つ。
ダイヤのエースをあしらった自作の服を身に纏い、彼女の遺した唯一の遺品であるゴーグルを首にかけ、在りし日の記憶を忘れまいと強化し続けた、紅の神機を握り締めて。
ただ、存在し続けるために。
彼女が見出してくれた、己の価値を証明し続けるために。
――それが私に出来る、たった一つの償いだから。
膨大な水が流れ落ちる大渓谷。ここが今日の戦場だ。
この付近一帯に点在しているアラガミの群れを、アクセルトリガーを用いて端から順に叩いていくのが任務だった。
想定外の、狼の遠吠えが轟くまでは。
「あれは……感応種!?」
赤蝕狼マルドゥーク――こいつは偏食場パルスを用いて周辺のアラガミを呼び寄せる。
その咆哮に引き寄せられ、凄まじい数のアラガミが集結を開始した。
小型種多数。シユウが6。バルバルスが3。ネヴァンが5。ハバキリが4。そして。
「カリギュラ……っ!」
蒼き装甲を纏った竜帝カリギュラが、唸り声を上げながら舞い降りた。
これほど絶望的な事態に陥るのは初めてだ。即撤退しか選択肢がないことは明白。
だというのに。
『はは、丁度いいじゃねえか。どうせ全部倒す予定だったんだろ? 手間が省けたってもんだ。……アクセルトリガーを起動しろ。撤退は許さん!』
無線の向こうから、船長の冷酷な命令が告げられる。
それが、これ以上ないほどの死の宣告であることは誰もが一瞬で理解した。
「構えろ、行くぞ」
言葉を失った私たちの前に、師匠がロングブレードを携えて進み出ていく。
……そうだ。それでも私は前に進むしかない。
彼女に償うには、それしかないのだから。
「……起動!」
アクセルトリガーから放たれる禍々しい赤い輝きが、急速に肉体を活性化させる。
体が内側から破裂するのではないかと思うほど、強烈な負荷が全身を駆け抜けた。
――ああ、きっとこの痛みが、彼女の戦いだったんだ。
なら、私が膝をつくわけにはいかない。
「ぐっ……う……あああああああああああっ!」
叫びと共に、私は絶望の戦場に向けて飛び出した。
私に引きずられるように、三人のチームメイトも悲鳴のような雄叫びを上げながらアクセルトリガーを起動し、戦場に飛び込んでいく。
……滑空してくるシユウを叩き落とし、地中から襲ってくるバルバルスを迎撃し、ネヴァンの刺突を弾き返し、ハバキリの突進を受け止める。
もはや自分が、何と、どれだけ戦っているのかも分からない。
体が砕け散りそうな感覚の中、それでも肉体を稼働させるための力は腕輪から無尽蔵に供給され続ける。
仲間たちは一人、また一人と、体が限界を迎えて倒れていった。
おびただしい数の亡骸と、それでもまだ途切れないアラガミの群れに囲まれ、気づけば神機を手に立っているのは私と師匠の二人だけになっていた。
……自分でも、どうしてまだ体が動いているのか分からない。
「よく戦った、ルル。貴様は充分に役目を果たした」
師匠が、珍しく労いの言葉をかけてくれた。
この局面において、それがどういう意味を持つのかは考えるまでもない。
「師匠……あなたはどうして、そこまでして戦うんですか……」
こんな状況だというのに、背中合わせに立つ師匠にそんな質問を投げかけていた。
「……散っていった戦友や、弟子たちの意志を無にしないためだ」
途切れかけの意識の中に、思いがけない師匠の言葉が響く。
その時。遂にカリギュラの眼光が私を捉え、巨大な蒼刃が振り上げられた。
「久しぶりだな……」
これも何かの運命だろうか。もしかしたらこいつは、あの日狩り損なった私の命を奪い取るために、再び舞い降りたのかもしれない。
体がふらつき、いよいよ意識が遠のいた。
師匠が私を振り返る。だが、もう間に合わない。
視界が白く霞み、体の自由が効かなくなった。
――その瞬間。
「……っ!?」
私の腕が神機を振るい、カリギュラのブレードを正面から受け止めた。
それはまるで、夢を見ているようだった。
私の肉体も意識もとっくに限界だ。それなのに。
ブレードを足場にして飛び上がった私は、羽ばたくような動きでカリギュラに嵐のような猛攻を叩きこんでいく。
何かに引き上げられるように、竜帝を見下ろせるほどの位置まで飛び上がった私の体は、正確無比に、その顔面に神機を突き刺した。
その動きは、まるであの日の――
「まさか……そんなことが……」
私の動きを見据えていた師匠が、呆然と立ち尽くす。
絶命したカリギュラの頭の上で、私は今度こそ倒れ込んだ。
だが奇跡のような反撃に思いを巡らす暇もなく、背後でマルドゥークが雄叫びを上げた。
まだ、戦いは終わらないらしい。
今度こそ薄れていく意識の中で、師匠の声だけが響く。
「……聞け、ルル。戦場で死ぬなら本望と思っていたが、どうやら俺にもここで死ぬわけにはいかない理由が出来たらしい」
次の瞬間、神機の砲撃音が轟き――足元の地面が砕け、崖下へと崩落した。
落下の浮遊感に包まれた私の意識が途切れる寸前。
「……その意志を、手放すなよ」
師匠の、最後の言葉だけが聞こえた。
意識を取り戻した時、辺りには水の流れる音だけが響いていた。
アラガミの姿はない。体は……まだ辛うじて動くようだ。
師匠は、もう動けない私を一旦戦場から切り離し、立て直しを図ったのか……?
無線は通じないが、神機は私に寄り添うように隣に転がっている。
近くの川辺に、オラクルが噴き出すアラガミの餌場が見えた。
「ま、だ……私は……」
とにかく腕輪で救難信号を送る。この辺りは他のキャラバンも通るはずだ。
神機を支えに這いずるように進み、何とか餌場に倒れ込む。
噴き上がるオラクルの飛沫が、降り注ぐ光の雨のように傷を癒してくれた。
「綺麗だな……」
一生忘れられないほど美しい、刹那の幻想を見せてくれるという極東のホタルも、もしかしたらこんな風に目に映るのだろうか。
「……何を今更、か」
あの日。ニケが遺した想いは、結局一つも叶えられなかった。
自由な世界も、本当の私を受け入れてくれる仲間も、到底見つけられそうにない。
それでも、バランに居場所がある限り、私は前に進む。
ニケが見つけてくれた私の価値を、無意味なものにしないために。
――足音が近づいてくる。バランのAGEではなさそうだ。
さあ、私たちの力を見せてやろう。
紅の神機を握り締め、この瞳に映る世界へ、私は大きく飛び込んだ。