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「GOD EATER 3」キャラクターノベル 第二章 ルル編「蛍火の記憶」


「GOD EATER 3」キャラクターノベル ルル編「蛍火の記憶」 ~2章-4話~
  胸の誓いが決して揺るぎないものになった頃。遂に卒業試験の日がやってきた。
 早朝から資材保管庫の扉が開き、師匠が私を迎えに来る。
「よーっし、頑張りなルル! お祝いの準備して待ってるからね!」
 あの日以来、ニケが弱った姿を見せることはなかった。
 ……今日、私はバランに自分の強さを。価値を証明する。
 訓練生を卒業し、AGEとして武勇を上げ続ける日々へ踏み出す。
 その果てに、ニケと羽ばたく世界が待っているから。
「行ってきます、ニケ」
「ああ、行ってらっしゃい――ルルのこと、頼むよ。師匠」
 ニケが師匠のことを、ちゃんと師匠と呼ぶのを初めて聞いた。
「……ああ」
 ニケの軽口に師匠が素直な言葉を返したのも、これが初めてだった。


 卒業試験はいつもと同じ、組み手形式で強さを競うものだった。
 だが、今日の組み手は――腕輪と神機を接続しての戦闘。
 一歩間違えば、簡単に相手を殺してしまう戦いになる。
 実力だけでなく、相手の命を奪う覚悟があるかどうかも問われるのだろう。
 師匠の説明を受ける間、並び立つ訓練生たちの緊張が増していくのが肌で分かった。
 確実に、今日ここに居る誰かの未来を。或いは命を。私が奪う。
 ……これは、ニケを救うために私が越えなければならない試練。
 そう自分に言い聞かせても、この先の未来で自分が背負わなければいけないものの重さに、心臓が締め上げられるようだった。
「では卒業試験を開始する」
 一人、また一人、IDが読み上げられ別室へと連れて行かれた。
 しかし――結局私は、最後まで名前を呼ばれなかった。
 待機室にはもう私以外誰も残っていない。試験は訓練生同士で行われるはずだ。
 数が合わないのは気づいていたが、なら私は誰と戦わせられるのだろう。
「……入れ」
 いつもの訓練場とは違う広い閉鎖空間に、神機を手にして入室する。
 傍らには己の神機を手にした師匠が。その後ろには強化ガラスで区切られた別室があり、研究員らしきバランの職員がしきりに機材をチェックしていた。
『よーし、これで最後だな。色々データを取らねえといけねえんだ。さっさと始めろ』
 ガラスの向こうから、黄色いカラーレンズをかけた小太りの男がこちらに指示を出す。
 見たことがない男だ。バランの中でも幹部クラスの男だろうか。
「師匠、私の相手は?」
 目を閉じ、重い沈黙を守っている師匠に問いかけた直後――反対側の扉が開いた。
「……え?」
 現れたのは、紅のバイティングエッジを携えた女性。
 くるりと手の中で神機を回しながら、その人は不敵に微笑んだ。
「よっ、ルル! サプラーイズ……ってね」
「ニケ……!?」
 何故ここに、と戸惑う私の前で、ニケが傍らの師匠を指し示した。
「そこのおっさんの計らいだよ。ルルの相手はあたしが務める。あたしなら負けたところであの資材保管庫に戻るだけだからさ。ルルが勝っても何も気に病むことはないし……それに、あたしが相手なら本気も出しやすいでしょ?」
 好戦的な微笑みを向けられ、全身に鳥肌が立った。
「む、無理だよ! ニケに勝てるはずない!」
「大丈夫。今のルルなら十分やれる。あんたはその手で、あんたの可能性を掴み取れる。だから――今はあたしを超えて行きな!」
 ニケが神機を構えると同時に、同じ人間とは思えないほど強烈な威圧感が私を襲った。
 廃工場でアラガミに襲われた時のような、強大な捕喰者に睨まれるあの感覚。
 鼓動が激しさを増していく。本気だ。ニケは本気で、私と戦うつもりなんだ。
 この人とこんな形で対峙することになるなんて、考えたこともなかった。
 ……けれど、不思議な気持ちだった。
 躊躇いや戸惑いの感情の底から、かつてないほど熱い何かがこみ上げてくる。
「……分かったよ、ニケ」
 神機を構え、ニケの美しい瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
 決着がどうあれ、私は今日、訓練生ではなくなる。
 あの資材保管庫に居続ける理由がなくなって、ニケと過ごす時間も終わりを迎える。
 逃げてはいけない。この人を超えていかなければ、この人の手を引けないのだから。
 たとえ距離が離れても。その手を握る資格があるんだと、自分自身を信じるために。
 これは最初で最後の、私の挑戦なんだ。
「――行くよっ!」
 闘争心。克己心。生存本能。きっとこの先、荒ぶる神々と対峙する日々の中で幾度となく爆発するであろう感情が、初めて己の中で臨界点に達する。
 覚悟を決めた自分の声と、ニケの声が重なった瞬間。
 私とニケの体からオラクルが噴き出し、金色のリングとなって繋がった。
「始めっ!」
 師匠の号令の直後、私とニケの神機が凄まじい衝撃と共に激突した。
 これが話に聞いたエンゲージ。AGE同士の意志を繋ぎ、互いの心を結ぶ力。
 私とニケの間にこの現象が起きたことが、たまらなく嬉しかった。
 ニケと同じ思いを共有出来ているのだという確信が、体を、心を軽くする。
 舞うように、踊るように、一進一退の攻防が続く。
 保管庫での訓練の時とは違う、嵐のような猛攻に必死に食らいついた。
「はは! 強くなったじゃんルル!」
「ニケのお陰……っ!」
 鏡映しのように、私たちは激闘を演じ続けた。
 だけど――時が経つに連れて、少しずつニケの動きは鈍くなっていった。
 私より先にニケがバテるなんて、あり得ないことなのに。
 エンゲージを通じて流れ込んでくる温かな思いの底に、かすかに冷たさを感じる。
「そらあっ!」
 けれど、その違和感に思考を巡らす暇もなく、ニケが飛び込んできた。
 薙刃形態に変形させた神機が、複雑な軌道を描いて襲い来る。
 その全てを正面から受け止め続ける壮絶な打ち合いの果てに、不意にニケが顔を歪め、怒涛の攻撃が一瞬遅れた。
 ……ニケと過ごした日々が磨いてくれた、この一瞬を捉える瞳。
 世界が少しだけ美しく見えるようになった、ニケがくれた宝物。
 その力が捉えた、この刹那に――
「やあああああっ!」
 私は、全力で飛び込んだ。
 神機の柄が、ニケの胴体を捉える。確かな手応えと共にニケの体は大きく吹き飛び、部屋の片隅に転がった。
「そこまでだ」
 師匠の宣言により、卒業試験が終了する。
 ……勝った? 私が、ニケに?
 実感が全く湧いてこない。だけどニケは億劫そうに体を起こして、戸惑う私にいつもの笑みを向けてくれた。
「はは……おめでとう、ルル」
「ニケ! 私……でも、どうして……」
 間違いなく、互いに全力を出し尽くした戦いだった。絶対に間違いない。
 だからこそ、勝てる訳がなかったという確信は未だに胸の中に残っていて。
 消えない戸惑いの中、私はニケの体を支えるために寄り添った。
「何て顔してんのさ、喜んでいいんだよルル。これであんたは、もう――」
 不意に――ニケは私の体を突き放すように押し出した。
「自分の力で歩いていけるんだから」
 離れていく一瞬が、とても、とても長く感じて。
 遠ざかっていく微笑みが、薄く、儚く消えていくような幻を見た。
『よーし、茶番は終わったな。本番だ、始めろ』
 次の瞬間。
「ぐっ!? う……ぁ、ああああああああああ!」
 腕を押さえたニケが、苦悶に満ちた悲鳴を上げた。
『遠隔操作による、アラガミ化の実証実験を開始します』
 無機質な音声が、閉鎖空間内に響き渡る。
 今、何を告げられたのか、咄嗟には理解出来なかった。
「に、ニケ……っ!? 何これ……何が!?」
「……ぐっ……こんな結末で、ごめんね、ルル……でも、聞いて……?」
 次第に黒く変色していく腕を押さえながら、ニケは私の瞳を見つめた。
「あたしは最後まで、自分のことしか考えてない、下らない奴だった……だから、あたしのことなんか、忘れちゃいなよ?」
 人ならざる何かに変わっていくニケが、笑みすら浮かべながら私に告げる。
「ルルが掴もうとしてくれた自由は……ルルのために広がってるものだから……」
 言葉が出ない。目の前の出来事が。届けられる言葉が。何も理解出来ない。
 ただ繋がっているエンゲージが、その想いに、その言葉に、ニケが受け入れている運命に偽りが無いことを、残酷なまでに私の心に刻み続けて。
 その祈りのような気持ちが、戸惑う私の意志を優しく包み込んでくれて――
「いつか……本当のルルを受け入れてくれる奴らに、会いに行きな……ルルなら必ず、そこに……辿り着け、る、から……ぁぁアアアアアアアッ!」
 漆黒のオラクルに、ニケが飲み込まれていく。
 赤いダイヤのピアスが、床に落ちて砕け散ると同時。
 咆哮が轟き、竜人のような姿に変貌したニケが、巨大な顎を開いて私に襲い掛かった。
「うあああああああああっ!?」
 鋭い牙が、私の右顔面を深々と裂く。
 鮮血を噴き出しながら倒れた私の右腕に、竜人が再び喰らいついた。
「ルル!」
 傍らに立っていた師匠が神機を振りかざす。
「待って!」
 血と涙に濡れた双眸で、師匠を止めた。
 本当に完全なアラガミになってしまったのなら、今も喰らいつかれている私の右腕など、容易く千切られてしまっているだろう。
 なのに――私の腕は、まだ繋がっている。
 激痛と、溢れだす血が、まだ私たちを繋いでいる。
「まだ……ここに、居る……っ!」
 エンゲージによって流れ込んでくる意志は、もはや凄まじいノイズも同然になっていた。
 それでも、嵐のような雑音の向こうに、まだ微かな気配を感じる。
 暗闇の底から、ニケの最後の願いが、一筋の光のように私に訴えかけている。
 ……手を伸ばせば届く場所に、私の神機が落ちていた。
「分かったよ、ニケ……分かったから……」
 約束した。私がニケを自由にしてあげると。
 私が、ニケの価値を証明すると。
 美しいものを一緒に見に行くために。
 この薄汚れた場所から羽ばたいていくために。
 ニケの願いを。夢を。意志を――命を――自由な大空へ導くんだ。
「私が……っ!」
 この手で――
「ぅ……ああああああああ!」
 左手に握った神機が、彼女を刺し貫く。
 その腹を喰い破った手応えが、全身に響く。
 ゆっくり、ゆっくりと、右腕に伝わる重圧が和らいでいって。
 光のリングが消失すると同時に、私の前にアラガミの亡骸が横たわった。
「………………ニケ?」
 呆然と、その場にへたり込む。
 これは、一体何なのだろう。私はここで、何をしていたのだろう。
 現実味のない空虚な感覚に包まれていた私に、師匠が声をかけた。
「捕喰しろ」
 ニケを……捕喰する?
「出来ない……そんなこと……」
「ならばこのまま廃棄されるのみだ。ニケは何を望み、貴様は何を学んだのだ?」
 組んだ腕が震えるほど袖を強く握りしめながら、師匠はそう告げた。
 ニケが教えてくれたこと、その全てを覚えている。
 そうだ。ゴミなんかじゃない。そんな結末、絶対に認めない。
 ここにあるものは。あったものは。私の――
「……ごめんなさい……っ」
 遠のいていく意識を奮い起こし、私は神機の捕喰口を展開した。


 目を覚ましたのは深夜だった。
 傷には治療が施されていて、切り裂かれた右目には眼帯が当てられている。
 卒業試験を通過した者は、ターミナルへのアクセス権限が更新されたらしい。
 それを聞いた私は真っ先に訓練場へ走り、ニケの情報を調べた。
—————————————————
 ニケ・バラン
 バラン領内への侵入、及び物資横領の容疑で拘束。
 以降、複数の新薬の被験者として監禁。
 薬剤の大量投与による未知の変異が予測されたため、例外的に管理及び緊急時の殺処分をゴウ・バランが担当。ミナト主要部から隔離された資材保管庫にて経過を観察。
 ID:BN-HS00837
 潜行灰域濃度レベル:1
 適合試験【丁】判定
 極めて低い適合率により、数分間神機と接続するだけで深刻な拒絶反応が発生。
 適合率の低さを補う新薬を継続的に投与。臨床試験データ及び実戦データの収集に従事。
 投薬による負荷を受け続けた結果、生命維持が困難と見なされたため廃棄が決定。
 旧フェンリル・ドイツ支部に蓄積されていた半アラガミ化実験の研究データを元に発展させた、遠隔でのオラクル細胞励起実験によりアラガミに変異。
 変異後のデータを収集後BN-03792により殺処分。捕喰による処理が遂行された。

 特記事項:なし
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「それじゃあ……初めから……?」
 ニケはAGEとしては、とても戦えない体だったのだ。それを劇薬によって無理やり稼働させていたに過ぎない。
 どうして、ただの一度も思い至らなかったのだろう。
 彼女がとっくに、研究所のモルモットだったなんて――
 その姿を求めて、私は資材保管庫へと走った。
 どうか悪い夢であってほしい。そんな願いと共に。
 しかし、そこに彼女の姿はなかった。
 当たり前のようにここにあった温かさと賑やかさは、冷たい静寂に塗り潰されていた。
「……まずは、よくやったと言っておく」
 資材保管庫の中で立ち尽くす私に、いつからそこに居たのか、師匠が声をかけた。
 腕を組み、暗い虚空を睨んだまま、師匠は真相を語り始める。
「ニケの武術の素養は天性のものだったが、AGEとしては稀代の落ちこぼれだった。故に、本来の戦闘力を引き出すための投薬実験に使われ続けた」
 その言葉に、拳を握りしめた。
「バランは現在、遠隔でAGEをアラガミ化させることで、兵器として利用する研究を進めている。本来ならばアラガミ化した神機使いは、その本人が適合していた神機でなければ処分することが出来ないが……適合していない神機でも処分が出来るよう、完全なアラガミ化寸前で安定化させることが、この実験の目的だった」
 おぞましい研究の実態に、眩暈を覚えるほどだった。
「確実にAGEの命が失われるこの実験に選ばれたのが、罪人であったニケだ。どの道、今日までの命だった。致死量を大幅に超えた投薬による実戦データの収集も兼ね……」
 師匠の眼差しが、私を捉える。
「試験として、俺が貴様をニケにぶつけた」
 思わず、私は師匠に掴みかかっていた。
「――人の命をっ! 何だと思っているんだっ!」
 罪人なんかじゃない。ニケは難民キャンプの人たちを助けようとしただけだ。
 ニケには夢があった。自由な世界で、誰よりも強く生きようとしていたんだ。
 その想いを、こいつらは踏みにじった。考えようともしなかった。
 こいつらは人間じゃない。こんな奴らに服従してなるものか。
 押し寄せる憎しみが、理性を食い殺さんばかりだった。
「ほう、俺が憎いのか」
 ああ、殺してやるっ! お前たちを……一匹残らずっ!」
「良い憎悪だ。ニケは貴様に足りなかったものを確かに与えたらしい」
 師匠の拳が私の腹を打ち、私は積まれたコンテナの山に叩きつけられた。
 痛みの中で、ここで過ごした記憶が蘇る。
 ニケが与えてくれたもの。遺してくれたもの。
 この溢れんばかりの憎悪が、それなのか……?
 違う……違う……違う。
 彼女が私にくれたものは、こんなおぞましいものなんかじゃない。
「いずれにせよ、貴様は限界まで強化されたAGEと対等に渡り合い、絆を育んだ同胞をその手にかける覚悟があることをバランに示した。当面、貴様は重用されるだろう」
 腕を下ろした師匠が、高い天窓を見上げながら呟く。
「俺はバランにとって有益な判断を下したまでだ。だが……散っていった者の意志を踏みにじるつもりもない」
 私の足元に、小さなケースが投げつけられる。
 これは、携帯用の偏食因子だろうか。
「この資材保管庫だが、明日にも整理されることが決定した。ここにあるコンテナもまとめて外に廃棄される。そこらのコンテナの中に潜めば、外まで出られるやもしれんな」
 ……ここから、出られる?
「自分の運命をもう一度自らの意志で選ぶといい。それが……ニケからの最後の餞別だ」
 ニケに教えてもらったこの辺りの土地や航路の情報を駆使すれば、何とか他のキャラバンに合流出来るかもしれない。
 求めた自由な世界はもう目の前にある。手を伸ばせば、掴み取れる場所に。
 この選択肢を前に出来ることが、どれほどの奇跡か、もちろん分かっている。
 ニケがくれた最高の、そして最後の贈り物だということも。
 ――ありがとう。だけど、ごめんなさい。
 私は偏食因子のケースを、師匠に蹴り返した。
「……いいのだな?」
 ニケ。たった一つだけ、貴女は私のことを見誤った。
 私には――貴女の居ない世界に羽ばたいていく勇気がない。
「私の居場所は……ここにあります」
 私は自らの運命を受け入れた。
 冷たくて無機質な、機械のような声で。
「……その意志を、手放すなよ」
 そう告げて、師匠は夜の闇の中へ消えて行った。
 静寂の中、冷たいゴミの底に倒れ込んで眼帯を外す。視力は失われていないようだ。
 天窓の向こうから、眩いほどの月光が優しく私を包んでくれた。
 美しい。まるで宝石のようだ。手に取れたらどれほど素晴らしいだろう。
 けれど……遠い。
 夢見ることすらおこがましいと思うほど、果てしなく遠い。
「……ニケ」
 今ようやく、貴女の心に寄り添えたような気がする。
 貴女の抱いた絶望と一緒に、私は――ここで生きていく。


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